沿革

創成

1940年12月
創業者天野辰雄が染料及び工業薬品の販売を開始する
1947年05月
  • 法人組織に改組、天野実業株式会社設立
  • 代表取締役社長に天野辰雄就任
  • カラメルの製造を開始し、ブランド名「さくらカラメル」とする
TOPICS天野辰雄37歳、天野実業の誕生
昭和22年5月1日に福山城公園で開催された「福山産業復興博覧会」。復興に向け全国に先駆けて開催された一週間後の5月8日に、天野實業株式会社を設立しました。辰雄は戦前に習得していた染料技術を武器に、食品の染料であるカラメルに目をつけ、私財を投じカラメル製造工場の第一歩を踏み出したのです。

開花

1948年05月
本社を福山市道三町8番14号へ新設
1956年09月
東京営業所を開設
1957年11月
  • 本社工場に噴霧乾燥機を設置し、
  • 日本で最初にカラメルの粉末化に成功
  • 粉末調味料にも着手

カラメルを満載したトラックの出荷風景。

TOPICS国内初のカラメル粉末化に成功
カラメルは当時、一樽売れれば高級料亭でお祭り騒ぎが出るほど利益の高い商品でした。しかし、後発だった天野実業への注文はわずか。辰雄は米国の会社が生乳の粉末技術を導入したことを知り、即座にカラメルの粉末化を閃きました。持ち前の技術者魂で試行錯誤の末、国内初の粉末 カラメルを誕生させたのです。これをきっかけに粉末製品の製造技術へと新たな分野へと歩み始めたのです。
振り返りコラム
砂糖が貴重だった当時のカラメル原料はサツマイモ。遠く鹿児島から貨物列車にゆられ、大量のサツマイモが天野実業に運ばれていました。
カラメル製造が好調も手伝って、創業当時は、サツマイモの澱粉の絞り粕を干すためのムシロが大量に積み上げられたそうです。じつはこの絞り粕は乾かして近所の民家の風呂を焚く燃料になっており、当時を良く知る近所の人は「夕方になると天野の近所は焼きいものにおいがしていた」と振り返ります。

天野辰雄著:カラメル製造のパンフレット

発展

1967年10月
里庄第一工場が完成し、操業を開始
1968年10月
真空凍結乾燥(フリーズドライ)食品の有効性に着眼し、本社工場に真空凍結乾燥機を設置
1971年09月
フリーズドライの即席麺用具材を開発
TOPICS「熱湯3分で戻る具」を開発せよ
真空凍結乾燥機の設置により、大手食品メーカーから技術力への注目が高まりました。天野肇が開発したラーメンスープ用フリーズドライ調味料が採用されたことをきっかけにフリーズドライ製品は発展を始めました。当時委託を受けたカップラーメン具材の開発は手探りの中進められ、知恵の結晶が詰まったそのカップラーメンは大ヒットとなったのです。
1972年12月
里庄第一工場に真空凍結乾燥機を設置
1973年02月
里庄第一工場にノズルタイプ噴霧乾燥機を設置
1974年02月
里庄第一工場に粉末及び液体スープの小袋充填包装機及び流動層造粒乾燥機を設置
1975年10月
里庄第一工場に真空乾燥機を増設
日本初の米国DEC社製フィルターマット乾燥機を設置
1978年08月
里庄第一工場に真空凍結乾燥機を増設
     09月
本社工場から里庄第一工場へカラメル製造設備を移転新設
1979年06月
里庄町に第二工場として用地を取得
     09月
里庄第一工場に立体自動倉庫及び6階建粉末調味料工場を新設
1981年07月
里庄第一工場にディスクタイプ噴霧乾燥機を新設
振り返りコラム
カップめんに入っているイカや海老の多くはフリーズドライです。フリーズドライイカの商品化が決定し、多いときには年間2,000トンのイカを加工していました。「天野の買い方によって、イカゲソの相場が動く」といわれた時期もあったそうです。

天野実業の開発したラーメン具材は多種ありますが、独自の技術で40年以上ものロングセラーを誇るのが「FD焼豚」です。開発当時を振り返ると、肉屋に豚肉のかたまりを買いにいき、試作を繰り返したといいます。フリーズドライなのにやわらかい食感を保つ「焼豚」は天野実業の自慢商品のひとつです。

1982年02月
里庄第一工場にレトルト殺菌機を設置
     03月
フリーズドライの高級即席みそ汁誕生
当社独自の技術製品としてお客様のお土産に利用開始
     11月
代表取締役会長 天野 辰雄、代表取締役社長 天野 肇 就任
1983年04月
フリーズドライみそ汁「あんじょう・むぎみそ・えのき・しじみ」の4種類を発売。
しじみ汁は120円、それ以外の3種は100円で市場へ展開。

「あんじょう」の味わいは、現在、通信販売専用商品の「まごころ一杯 ほうれん草」へ継承されて販売中。
     05月
里庄第二工場に立体自動倉庫を新設
TOPICSすべてはお客様の声から
フリーズドライみそ汁の開発のきっかけは「調味料と具材が一緒になった固形状ラーメン具材」の試作品依頼でした。その具材が商品化され、この応用でフリーズドライみそ汁は出来上がりました。ほうれん草、ねぎ、そして油揚げの食感へのこだわりは、今も変わらぬ思い入れがあります。
1984年01月
フリーズドライみそ汁の通信販売を総務課にて開始。
ドラム乾燥機を新設
     05月
真空凍結乾燥機を増設し、4階建工場を新設
     10月
大阪営業所を開設
1985年01月
航空機の機内食として「高級赤だし(殻付しじみ入り)」が採用される。
関西地域の百貨店でも販売開始。
〜1989年まで、北極点到達計画に携行食料(「フリーズドライみそ汁」「フリーズドライビーフ」など)を協力支援
振り返りコラム
フリーズドライみそ汁の発売当初は、末端商品の流通事情を知らないため苦戦を強いられました。お客様の認知に至るまで時間はかかりましたが、我が社を訪問されるお客様や、業者を通じて配られたことから、徐々にお引き合いを受けるようになって参りました。販売希望の声に手紙で一件ずつ丁寧に対応し、特に関西地区のお客様や著名人、芸能人に「美味しかった」という評価と礼状が数多く寄せられました。この地道な粘り強い活動が今の通信販売のさきがけになったのです。
     03月
減圧フライ装置を新設
     07月
ノズルタイプ噴霧乾燥機を新設
1987年03月
米国SETHNESS社とカラメルに関する技術契約を締結
1988年05月
真空凍結乾燥機を増設
1989年07月
里庄第二工場完成
1991年10月
建物を増設し、真空乾燥機を増設
「たまごスープ」を発売。市場で「たまごスープ」ブームの火付け役となる。
TOPICSフリーズドライが一般的に
たまごスープはフリーズドライ技術を世の中に浸透させた代名詞のような存在。ふんわりスープに浮かばせる技術にも当時の試行錯誤がありました。
1992年 04月
東京営業所を調布市に移転
洋風中華風スープシリーズ「シェフの金賞」を発売
1993年 02月
フリーズドライ「おかゆ」シリーズ発売
TOPICS自社商品開発プロジェクト
得意先の動向に左右されやすい下請けから自社技術を背景にした商品事業体制実現のために当時「ABCプロジェクト」が発足しました。「ABC」はAMANO BRAND CREATEの略でこのプロジェクトでフリーズドライおかゆシリーズが開発されました。
1994年09月
フリーズドライ「お吸い物」シリーズ発売
1995年04月
本社事務所を道三町9番10号へ移転新築
     06月
里庄第二工場増設
1996年08月
世界最大規模の真空凍結乾燥機を増設
1997年05月
ロータリーアトマイザータイプ噴霧乾燥機を新設
会社設立50周年を迎える
1999年11月
東京営業所渋谷区代々木に移転
2003年08月
営業企画部門・通信販売部門を福山市道三町へ移転
2004年12月
里庄第二工場に物流倉庫を新設
2006年12月
R&Dセンター完成
2007年05月
60周年を機にロゴマークを変更
2008年07月
アサヒビール株式会社と資本・業務提携を行う
2009年04月
取締役会長 天野 肇、代表取締役社長 吉岡 信一 就任
2009年05月
近畿中部支社を大阪府吹田市に移転
2009年06月
東日本支社を東京都千代田区に移転
2010年
小さめどんぶりシリーズの発売
2011年01月
里庄第二工場の真空凍結乾燥食品(タマゴスープ類、味噌汁類、オカユ類、スープ類)の製造ラインにおいて、ISO22000の適合認証を取得。
2011年03月
取締役会長 天野 肇、相談役に就任
2011年11月
里庄第一工場および第二工場において、ISO14001の適合認証を取得。
2012年
ビーフシチュー、クリームシチューの発売
2013年03月
代表取締役社長 兼光 宏美 就任
2013年03月
アンテナショップ「アマノ フリーズドライステーション」(東京・丸の内)オープン
2014年
フリーズドライ一人鍋の発売
ビストロリゾットシリーズの発売
2015年03月
アンテナショップ「アマノ フリーズドライステーション2号店」(広島・福山)オープン
“三ツ星キッチン”パスタシリーズの発売
チキンカツの玉子とじの発売
2016年01月
営業部門、マーケティング部門、研究開発部門、SCM部門、管理部門等の機能を「アサヒグループ食品梶vへ移管。
※2015年9月に里庄第一工場は「岡山工場第1プラント」、里庄第二工場は「岡山工場第2プラント」へ名称変更しました。
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